いけばな展開催の経緯

種子島といけばな

 

 西之表のほとんどの女性は、

「いけばな」をたしなみ

 大変、盛んなものでした・・・

      明治34年生まれ 女性談

 種子島のいけばなの歴史は、種子島家家老・羽生道潔(はぶどうけつ)が寛政4年(1792)鹿児島の華道池坊流師範・丸田氏に入門し、種子島の華道師範家となったことから始まると言われています。

 道潔の孫慎翁(しんのう)は、幼少から道潔について華道の修業をし、その後、京都にて42世池坊専正氏のもとで稽古を重ね、大日本総会頭職(全国池坊門弟のトップにあたる)など重要な要職に就き、活躍しました。

 

 羽生慎翁の最大の功績は「華道池坊」の、初代東京出張所長として「いけばな」の普及啓発に尽力し、華道文化を根付かせたことです。また、種子島をはじめ、鹿児島県の「華道文化」の振興に取り組みました。

 

 生家である月窓亭(西之表市指定文化財)には、慎翁の功績をたたえ、45世池坊専永いけのぼうせんえい氏より、記念碑が設置されています。

 

 このように、西之表市は「いけばな」と深い関わりがあることから、平成27年度の国民文化祭・かごしま2015 では、本市が「いけばな展(華道の祭典in種子島)」の会場となりました。

 国民文化祭後も「いけばな展」を開催し、今回(平成30年度)で、5年連続の開催となります。

 平成30年度には、西之表市市制施行60周年記念事業と明治維新150周年記念事業として「いけばな展」を開催いたします。

羽生慎翁席札

羽生慎翁いけばな作品(明治16年)

羽生慎翁いけばな作品(明治16年)